目的 カンボジアの文化はアンコール時代の繁栄時には近隣諸国に多大な影響を与え、東南アジアの中核として担っていた。その後フランス植民地時代には「東洋のパリ」と称賛された美しい街並みが立ち並び、西洋文化も発展させながら、独自のクメール文化を保持していた。 1970年代に国家の人口約800万人中、約300万人という文化人の多くがポルポトによって虐殺された。その後約2000年まで内戦に突入しクメールの伝統美術は破壊された。現在では世界的ニーズがあるのにも関わらず、継承者や専門的な知識を持ったアーティスト、デザイナー、研究者がいない為にクメール美術とその美術教育の復活はさらに困難になってきている。 すでにわずかに内戦を生き残った正確なクメール美術の知識や経験を持った人間が年老いており、急がなければ歴史検証と復活が不可能になってしまう背景がある。また復活させたくても現在のカンボジアは明らかな人材不足であり、日本・世界からの専門的な人的支援は大きな国際貢献といえる。 1:王立プノンペン大学と昭和女子大学が国際文化交流を行い、失われた「クメール美術」とその教育を現代に復活させることを目的とする。 […] Read More